弦楽器において弓の重要性はいくら強調してもし過ぎることはありません。弓が楽器を鳴らすわけですから考え方によっては弓こそが重要とも言えます。
良い楽器であっても弓が悪ければ楽器の性能は発揮されませんが、それ程の楽器でなくても良い弓であれば楽器の最高の性能を引き出せます。
では良い弓はどのようにして生まれるのでしょうか。もちろん製作者の腕が大事なのは言うまでもありませんが、弓は材質が命。
今日は弦楽器にとって大切な弓の材質についてのお話しです。この記事を読むと、弓選びの時に何を基準に選んだらよいのか、弓の基本的なことが分かります。
弦楽器の弓の材質 早わかり簡単ガイド

フェルナンブコ
弓の材料は、フェルナンブコというマメ科の常緑樹が最適とされています。
フェルナンブコはブラジルの山地の一部のみに生えている稀少のものです。現在はワシントン条約の規制の対象になっており、流通に制限がかかっているため元々高価なものでしたが、現在は更に値段が高騰しています。
なぜフェルナンブコが使われる?
世の中に数え切れない種類の木があるのになぜフェルナンブコだけが弓の材料として選ばれるのでしょうか。
弓には演奏時に相当の負担がかかります。世界的ヴァイオリニストの五嶋みどりさんが以前テレビで「2本の弓を半年ごとに交代して1本を休ませるようにしている」と話していました。それほど弓の負担は大きいのです。
ただ普通はなかなか良い弓を2本そろえるのは難しく、来る日も来る日も激しい負荷が弓の竿にかかり続けます。当然、相当の強度が求められます。
それと共に強いだけでなく木に柔軟性が無いとバイオリニストの要求するテクニックに応える弓にはなりません。強さと共に柔軟性を兼ね揃えた材質。
そして、さらにあの独特の形状。弓には反りが入っています。フェルナンブコは熱で反りを入れやすく、しかも一度入った反りが戻りづらいという特質があります。
このように弓に求められる様々な性質をこれ程に網羅している木は、世界広しと言えどもフェルナンブコ以外にありません。
代替材 ブラジルウッド
高価なフェルナンブコの代替材として長く用いられてきたのがブラジルウッドです。こちらも原産地はブラジル。フェルナンブコが大西洋沿岸の山地に生えているのに対し、ブラジルウッドはアマゾン地帯で産出します。
二つの弓を見比べて表面的には容易に見分けることが出来ないほどそっくりですが、ブラジルウッドの弓は中長期に使用していると段々と反りが戻ってきてしまいます。
音色も似通ったところはあるのですが、フェルナンブコのように強くて深い・豊かな音は出ません。反りが戻ってくると、ドンドン音質が弱くなってきてしまいます。
最高の代替材とされるブラジルウッドでもフェルナンブコには遠く及ばないのが現実です。ただ値段的には手頃で初心者の方が購入するのに重宝する弓として長く用いられてきています。
フェルナンブコの見分け方

上の写真を見てください。
中々見分けることが難しい弓の材質ですが、ブラジルウッドが横方向にのみ筋が入っているのに対して、フェルナンブコは縦方向にも細かい筋が入っているのが特徴。木の密度の違いがこうしたところに見られます。
ただ実際には写真のようにはっきりと見えるわけではなく、職人さんでも何とも言えない「中間的(どちらともいえない)」に見える物も多くあり、表面だけを見てフェルナンブコかどうかを判断するのは難しいです。
その他の代替材
上記のようにフェルナンブコの取り引きが制限されたため、フェルナンブコ弓が高騰し、新たに弓を作る良い材料を得ることも難しくなっています。ブラジルウッドの性能の限界もあり、新たな代替材の可能性が色々と探られています。
スネークウッド

ステッキなどにも使われる蛇柄が特徴的なスネークウッドはバロック弓に使われる材料として有名ですが、近年スネークウッドを使った弓の開発が老舗メーカーでも行われるようになりました。
私の印象ですが、音の立ち方がフェルナンブコとはまた違って面白さを感じるところがあります。ただ一番気になるのは重さ。正確には分かりませんが、2割増しくらいの重さを感じます。音の深み・広がりはフェルナンブコには及びません。
フェルナンブコ弓の音質との類似性で考えればブラジルウッド弓に軍配。ただスネークウッド独特の音の面白さがあって、それを魅力と感じる方には価値ありだと思います。
カーボン

カーボンファイバー製の弓は近年非常に多く使われるようになりました。木製と違って壊れるリスクが低く比較的安いこともあり学校の備品として重宝され、吹奏楽部などで使われることが多くなっています。
しばらく前のカーボン弓は「弾けるだけ」というくらいのものでしたが、近年技術の進歩で非常に性能の良いカーボン弓が増えてきました。安価でフニャフニャな弓を買うなら、むしろカーボンの方が良いのではないかと思います。
3万~5万くらいの一般的な値段のカーボン弓はフェルナンブコ弓よりはっきり軽く感じます。音は深みが出にくいですが、音の輪郭は割とはっきりとしています。カーボン弓も、良いものは非常に高価です。私は数十万円のカーボン弓は弾いたことはありませんが、相当の性能のようです。
宣伝の要素は強いのでしょうが、元ウィーンフィルコンサートマスターのキュッヒルさんはYAMAHAのカーボン弓の良さを強調しています。
全然使えないような弓を推奨すればキュッヒルさんの名誉にかかわるわけですから、こうして宣伝にあれだけのヴァイオリニストが登場するということがカーボン弓の性能の飛躍的向上の証しと言えるのかもしれません。
まとめ

フェルナンブコ材の弓にかなうものはありませんが、規制により値段は高騰するばかり。木が成長し、それを伐採して数十年乾燥させることを考えると、この流れが変わる見通しはまったくありません。
良いフェルナンブコ弓をお手頃価格で買うチャンスがあったら逃さない方が良いと思います。
ただ弓一本に数十万出すのをちゅうちょする方が大半だと思います。その場合、ブラジルウッド弓に加えてスネークウッド弓やカーボン弓を試してみるのも一つの選択です。良い弓を得ることで練習効率がグンとアップし、弾けなかったものが弾けるようになったり。
弓は本当に重要です。上記を参考に色々な種類の弓を試して、お気に入りのものを見つけてください。