知人から「全然使っていない古いバイオリンがあるけど」と声をかけてもらいました。時々この手の話しがありますが、十中八九安価な楽器が朽ち果てたような物。それでも見ないではおられない楽器好きの私です。
ダメ元でと思いながら見せてもらうと、珍しく「これは使えるのでは」と思えるバイオリンでした。こういう好奇心はほとんどの場合「新品買った方が安かった…」という結果に至りますが、この時は珍しくうまくいきました。
少し別のケースで“思い出の楽器をもう一度使える状態にしたい”、“昔、母が使っていた楽器でバイオリンを始めようか”など、多少お金がかかっても楽器を修理したいことがあるかもしれません。
楽器の修理は状態によって様々ですが、この記事を読むと、古い楽器を再生するのにどんな工程を経るのか。またどのような楽器が修理に適しているのかが分かります。
安く楽器が手に入ると期待しても上手くいかないことがほとんどですが、値段以外の価値・値段以上の価値を認める楽器を大切に使っていくのはステキなこと。弦楽器ならではの楽しさです。この記事が参考になれば幸いです。
いただいた時の状態
いただいた時の状態。魂柱も駒もなくのっぺらぼう。あご当ても壊れていましたし、木はカサカサで汚れが目立ちツヤがまったくありません。
ただ木目が細かく均等に真っすぐ入っていて、裏板の杢も自然な感じ。割れの痕も見当たらず、楽器の中を覗くと【カールヘフナー(Karl Höfner)】のラベルが見えました。
ドイツの老舗メーカーとしての信頼もあるし、古いヘフナーは今の物よりももっと評価が高かったので、もしかして使えるかもしれないと期待が膨らみます。
まずは磨く
表のニスが汚れや劣化で痛々しい状態。弦楽器用のポリッシュで簡単に汚れを落としつやを出してみました。
こびりついた松脂は素人には取りきれませんが、無理の無い範囲で表面の汚れを落とすだけで割と綺麗になりました。前の写真よりはイイですね。
セットパーツ取り付け
使うとなったら当然楽器屋さんに調整に出すのですが、当然お金がかかります。そのお金をかける価値があるかどうか、実際には音を出してみないと良く分かりません。何せボロボロの状態なので。
そこで、テールピースなどを自分で応急処置で取り付けてみて楽器を鳴らしてみることにしました。一度やってみたかったというのが本音です。
まずはパーツの注文。Amazonなど色々なサイトで安く販売されています。私はeBayで見つけたローズウッドのセットパーツが気に入ったのでそれを取り寄せ。
ペグとエンドピンの加工は無理なので、取りあえず自分でテールピースとあご当てをつけて音の出せる状態にしてみました。
音が出せる状態に
素人の間に合わせですが音が出せる状態になりました。どんな音がするか期待して弾いてみたところ、ドイツの楽器らしい太いしっかりした音がでました。
恐らく何十年も弾かれていなかったであろう楽器をもう一度音が出せる状態までセッティングできたことに感激。
あとは、楽器屋の友人に見せて表板のニスの補修などして使い続ける価値があるかどうか、専門家の意見を聞いてみることにしました。
身元判明
段々バイオリンらしい状態を回復してくると、この楽器に対する興味が深まっていきます。
最近のバイオリンはボディの中に製造メーカーとグレード表す型番が記載されているのがほとんどですが、少し古い楽器ですと型番の記載がないものが割と多くあります。
この楽器のラベルも「Karl Höfner」と「シリアル番号」の記載だけでした。これでは、何年に作られたのかも楽器のグレードも分かりません。ある程度のお金をかけて修理するかどうかの判断に関わります。
そこで長く日本でカールヘフナーの輸入を手掛けてきた関西の楽器商さんに電話をしてみました。もちろんダメもとでの連絡だったのですが、申し訳ないくらい丁寧に対応していただき、ついにシリアル番号から身元を突き止めてくださいました。
1967年に某楽器商さんがドイツから輸入したものであること。そして当時のヘフナーのバイオリンの真ん中より少し上くらいに当たるグレードの楽器であることも分かりました。半世紀前に取り扱った楽器に関する丁寧な対応には本当に頭が下がる思い。ありがとうございました。
輸入されたのが67年ですから作られてからすでに半世紀を超える楽器であることが分かりました。ドイツで生まれ半世紀かけて回りまわって我が家にきてくれた楽器。
グレード的に考えると無理して直すほどのものではないのですが、この50年間どのような人に弾かれて、なぜしまい込まれボロボロの状態になったのか。その楽器がたまたま私の手元に来て、楽器としての命を回復しようとしていることなど考えているといよいよ愛着がわいてきてもう直さないではおられなくなります。
ついに完成
全体的にニスの痛みが激しく剥がれも何箇所かみられたので友人の職人さんに修理をお願いしました。友人価格ということももちろんありますが、同レベルの新品を購入するのの1/10くらいの費用で修復が完成しました。
ついに完成したのがこの写真です。 痛んだニスを生かしながら厚くならないように綺麗に塗ってくれました。
こうして何十年も弾かれていなかった楽器が見事に復活。しっかりとした深みのある良い音がしています。ヘフナーの全盛期に作られた楽器と言って良いと思います。
50年以上前のドイツで作られたヴァイオリン、多分我が家に来なければあのまま朽ち果てていたであろう楽器が見事甦って音を奏でてくれる、こんなステキなことはありません。
大切にします。
まとめ
というわけで、たまたま巡り合った半世紀前のカールヘフナーのバイオリン、運良くコンディションのよい状態で見つかったので再生に成功しました。
ただこれは例外的なことで普通は買った方が安い、修復する価値が無いというのがほとんどです。お気を付けください。
一番のチェックポイントはネックです。ネックが歪んでいたり下がっていたりすると、それを直すのには大変なお金がかかります。また割れが目立ったり、指板に問題が起こっている楽器は諦めた方が良いです。
百万を超える楽器ならネックのトルブルなども直す価値がありますが、量産型のメーカー品は上記のようなトラブルが出たらそれが寿命と諦めるのが得策。
そしてネックのトラブルなどは中々写真だけでは判断が付きません。直に見てもわかり辛いことがあります。ネットオークションで楽器を買うのはリスキーなんです。
手に取って確認できる楽器で、それほどお金をかけずに再生できて使う価値のある楽器と巡り合ったら、それは楽器屋さんで買うよりもずっと愛着の湧く大切な楽器になるのではないでしょうか。何かの参考になれば幸いです。