日本でもっとも有名なバイオリニストと言えばこの方かもしれません、
葉加瀬太郎さん。
クラシックのイメージが強いバイオリンという楽器を、独自のスタイルで自由自在にあやつって幅広いジャンルで活躍しておられます。凄いエンターテイナーであり、バイオリニストとしての腕前も一流。
ある時まではクラシック一筋のバイオリン少年だったそうで、東京芸大中退の経歴から分かるように、バイオリニストを目指す王道を歩んでこられた方です。
そんな葉加瀬さんがパーソナリティを務めるラジオ番組「ANA WORLD AIR CURRENT」。少し古いですが2016年3月の放送で、葉加瀬さんが子どものバイオリン教育についての持論を展開しておられて非常に興味深い回でした。
バイオリンを学ぶ子どもにどんな環境や機会を与えたら良いのか、親は悩むことが多いですが、葉加瀬さんの個性的な視点は新鮮で新たな発見が色々とあります。
文字起こししたので参考になさってください。
葉加瀬太郎が語るバイオリニストが育つ環境
この日の放送のゲストは脳科学者・中野信子さん。
中野さんは大のイスラエル旅行好きとのことで、ユダヤ人の教育に関する話題になる。ユダヤ人は徹底した英才教育を10歳になるまでに施していく。そのこととユダヤ人が大バイオリニストを多数輩出していることの関係が、葉加瀬さんの視点で子どものバイオリン教育をテーマに語られています。
ユダヤ人の英才教育とバイオリン
(以下、ラジオより要約)
徹底的なユダヤの英才教育、小さい時に全てを叩き込むという教育。これバイオリンに一番適しているでしょう。
僕いつも良く聞かれるんです。「バイオリンって小さい時に始めないと上手くいかないのですか?」と。
バイオリンはピアノとか他の管楽器と比べると、まともな音が出るまでに時間がかかるんですよ。一年とか。
はじめの内はギーギー。辛いんですよ。物心ついてしまうと耐えられなくて(ギーギー音に)、諦めてしまう。
でも3歳とか4歳だと分からないものだから、ギーギーやってるんだけどその内に弾けるようになっちゃう。
ちょうど物心ついて楽しめる時に、割と音が出ている状況になっていればいいということだと思う。
7歳、8歳からバイオリンをはじめると、「私、なんでこんな毎日やってるのに弾けないのよ。もういい」というようになっちゃう、というのが僕の持論です。
キブツと音楽教育
更に話しが進む中で、ゲストの中野さんが葉加瀬さんに聞いてみたいことがあると、イスラエル独特の共同体「キブツ」と音楽教育について質問します。
>中野さん キブツでは夫婦二人で子どもを育てるのではなく、共同体の子として共同体に属する大人たちがよってたかって教育するという環境。このキブツの環境は音楽教育においてどうなんですか?
この中野さんの質問に対して葉加瀬さんの答え⇒
一番いいんじゃない。一番すごいんじゃない。
今の中国の英才教育はみんなそう。すべて全寮制。山奥の田舎でも「あいつ弾けるらしいぞ」って噂が立ったら全員北京(北京の全寮制の音楽学校に入れてしまう)。青田買い。
それで、チャイコフスキーコンクールで一位を取るのは毎年15歳の中国人。ここ10年ずっとそう。完全に負けているから(日本は)。
葉加瀬さんの話しを要約すると
幼少期に頑張ること
葉加瀬さんはユダヤ式の教育が音楽家を育てるのに最適であると考えており、具体的に2点を強調している。
一つは10歳までに必要なことを全て教え込もうとする徹底的な英才教育はバイオリニストを育てるのにピッタリ。
葉加瀬さんは物心つく年齢になる頃に、ある程度楽器が弾けるようになっているのが理想だとおっしゃっています。
中国の話しで7歳ということを強調しているので、大体そのくらいの年齢までにバイオリンらしい音で自由に弾ける基礎的な力を身につけていることを理想と考えているようです。
このブログでも取り上げましたが「何歳までにバイオリンをはじめなければいけないか」というのは関心が集まるところです。⇒子どものバイオリンお稽古 何歳から?
3・4歳で始めることが多いバイオリン、その理由も色々に言われますが葉加瀬さんの持論はバイオリンらしい音が出るようになるための最初の1・2年がきつすぎるということのようです。物心つかない内にそこを突破しないと頑張れない、と。
逆に言うと、もう少し年齢が上がっていても、最初の1・2年のきつい時期を強い意思で乗り越えられるならば可能性があるという意味にも受け取れます。
大勢の大人に関わってもらうこと
もう一つ、イスラエルのキブツでの子ども教育が音楽教育の環境にとって最高であり、それに類似した中国の全寮制学校から毎年世界最高のコンクールの優勝者が出ているという話し。
このパートはそれほど深掘りされずに話題が変わってしまっているので私の推測が混じりますが、最後に葉加瀬さんが中国式の音楽教育の成果に日本は完全に負けてしまっているということをおっしゃっています。
では日本式とはどのようなものかと言うと、典型的なのは自宅でお母さんと子どもが二人三脚で練習に取り組み、月に3・4回先生のレッスンを受けに行くという形。基本的にはこのスタイルが一番多いのではないでしょうか。
葉加瀬さんはこういうパーソナルな関係の中での学びばかりでなく、たくさんの人が関わってくれる、様々な目で見られる環境での学びが有益であると考えてらっしゃるようです。
葉加瀬さん自身がマルチな活躍をしてらっしゃることもあり、狭く画一的になりやすい環境での教育の弊害をお感じになられているのかもしれません。
そして複数の指導者の目というだけでなく、集団の中でというのは同世代の仲間たちの中でという意味が含まれていると思われます。同世代の同じ志をもって頑張る仲間たちの中でこそ、努力を続けられるという面が多分にあるでしょう。
まとめ
非常に興味深くお二人のトークを拝聴しました。
幼少期の英才教育というと、家の中で親子が根詰めてというイメージですが、もう少し広い視野で幼少期の専門教育を考えていく必要があるのかもしれません。
イスラエルのキブツや中国の全寮制教育を日本にそのまま適用させることはできませんが、生かせるヒントはあります。
複数の先生に師事するというのは現実的ではなくても、例えば公開レッスンやセミナー、合宿のようなスポットでも他の先生の指導を受けられる機会は多くあります。
1・2回みていただいてどれだけ意味があるかと思ってしまうのですが、普段と違う先生にみていただき、違う視点でのアドバイスをいただくのは有意義です。
またそのような機会に積極的に出ていくことで、子どもさんを見る目が親と一人の先生になってしまわない環境を作っていくことも大切。筋を通しつつも、色々な人に可愛がってもらい、目をかけてもらうような環境。
そして、全寮制とまでいかなくても同世代で頑張っている子どもたちと知り合うことは大切です。
学校の勉強も、もし自宅で親と一対一でこなすのであればほとんどの子どもさんはギブアップでしょう。みんなが勉強・宿題を頑張っているからこそ自分も頑張れるのです。バイオリンの練習も同じかもしれません。
幼い頃から厳しい練習に向き合っていかなければいけないバイオリンのお稽古の中で、人間関係を広げていくというのは大切なことなのです。
ともすると、周囲のバイオリンに取り組んでいる子どもさんをライバル関係・比較対象にしてしまいやすいのですが、切磋琢磨・励まし合ったり音楽について語り合うような仲間としての関係性を子どもたちは必要としています。
キブツとか全寮制とか、その中の良いエッセンスを子どもさんの音楽教育に生かしてあげられるとイイですね。
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